これをプロフィールの中に書くのは大変迷ったのですが。

 

 

 

これをお読みのあなたがどのような境遇にいらっしゃるのか、

実際の所解りません。

 

 

 

大企業の中には良い環境もあるでしょうし、

逆に私の居た部署より酷いところが有るのかもしれません。

 

 

 

これから就職活動を行う学生の皆さんは、

「必ずしも大企業が安住の地ではない」

と言う事を頭の片隅に入れて、

就職先を選んで戴きたいと願うばかりです。

 

 

 

それと、私は転勤を経験しています。

 

 

 

日本国内ですが、全国津々浦々何処にでも行く覚悟がサラリーマンには必用です。

 

 

 

そして、賢いヤツほど、

大企業といえどもさっさと辞職すると言うのもあります。

 

 

 

就職も転勤も人生の中で大きな転換期になりますので、

これから就職活動をする方は、

転勤して環境が変わるのは当然ですし、

転勤から戻ってきたら、学生時代の友人がほとんど居ないと言う事も有ります。

 

 

 

転勤先で長く過ごせば過ごすほど、

友達との縁が遠くなり誘われなくなると言う事もあります。

 

 

 

ちょっと話が逸れてしまいましたが、私か勤めていた企業は前述したとおりで、

私が就職活動をしていた当時、

就職活動をしている学生には非常に人気の高い企業でした。

 

 

 

それもほとんど旧帝大理系大学院卒業者が占めるような企業です。

 

 

 

後日嘘と解るのですが、採用条件には転勤はありません。

 

 

大企業の中のブラック過ぎる担当部署

既にお読みいただいたかと思いますが、

休みも無く働いていた以外の衝撃的な事件が幾つかありました。

 

 

 

ここから先は思い出すのも苦しいのですが、

就職活動をしている学生のあなた、

大企業だからといって、

安易に安心される方や、

大企業にしがみついているかもしれないこれをお読みのあなたに、

特に衝撃的だった事件を幾つかご紹介します。

 

 

 

ちなみに、ここに挙げる例はほんの一例で有り、

他にも多くの事件が起きました。

 

 

ブラックな業務で起きた事件

 

昨日まで話をしていた方が突然

その話を聞いたとき、

「それは有ってはならないことだ」と私は思ったのです。

 

 

 

そして、新婚でお子さんが生まれたばかりと言う事も、

前後するかのように私の耳に届いたのです。

 

 

 

「昨日仕事の話をした先輩が今日の朝、電車に飛び込んだ」

 

昨日まさに仕事の話をしていたのです。

 

 

 

それが、次の日の朝、突然の訃報を聞かされたのです。

 

 

 

担当していた業務の実情が、

亡くなった先輩の精神的限界を超えてしまったのでしょう。

 

 

 

まだ新婚さんなのに、

お子さんも生まれたばかりなのに、

選択肢が「死」しかなかったのか?

 

 

 

明らかに業務内の仕事の内容に無理があるのは、

私にも解ります。

 

 

 

一番悲しんだのは新婚の奥さんでしょう。

 

 

担当上層部からの不可解な3年目の社員についての説明

突然、社員全員が集められました。

 

 

 

私も3年目の後輩と共に指定された会議室に向かいます。

 

 

 

「一体この集まりは何なのだ?」と後輩に聞いたのですが、

当然後輩は解らないと首を振るばかりです。

 

 

 

そうこうしているうちに一番偉い事業部長が話をし始めました。

 

 

 

ですが話を聞いていても内容がよく解らないのです。

 

 

 

何か意味ある話に聞こえるような、

でも真相に迫るわけでもなく、

詳細を語るわけでもなく、

ちぐはぐな話を聞かされて、

ただ「頑張ろう」と言う様な内容でお話しは終わり。

 

 

 

「あれは一体何だったんだ?」と私は思いました。

 

 

 

その後、後輩が私の所にやってきて、

「あの話、実は自殺だそうです」と一言耳打ちしてくれました。

 

 

 

さすが同期のツテ。

 

 

 

「なんだって?」と私は聞き返しましたが、

「まだ原因がよく分からないのです」と後輩は答え、

結局、真相自体は藪の中に。

 

 

 

ただはっきりとしているのは、

過剰な労働が原因の一つであると言う事だけです。

 

 

 

最も亡くなった本人と面識もなく話もしたことが無いですが、

3年目の同期の中では衝撃的だったようです。

 

 

 

次の3月に大量の3年目(4月で4年目)の社員が辞職していきました。

 

 

最も仲の良かった先輩が同じ担当に来て3ヶ月後に起きた事

私にとっては衝撃的なことでした。

 

 

 

幾つか年は上なのですが、

元々地方にいたときに同じ担当で、

移動で異なる担当に移った先輩がいます。

 

 

 

それが何の縁かは解りませんが、

直ぐに私と同じ担当の異なる業務に配置になりました。

 

 

 

先輩もリーダーでした。

 

 

 

久しぶりに同じ担当になったので、

最初の週にはちょっと時間を作って居酒屋で、ささやかな歓迎会を開きました。

 

 

 

そして3ヶ月後に急展開。

 

 

 

先輩が会社に来なくなりました。

 

 

 

原因は「精神疾患」

 

 

 

自宅療養と言う事で、

たった3ヶ月の再会でした。

 

 

 

いよいよ次は自分の番かもしれない

ほんの1年の間に、

立て続けに起きた事件。

 

 

 

亡くなった方まで居るのです。

 

 

 

親しかった方は話を聞いてあげることや相談すら出来なかったと言うのも事実です。

 

 

 

あのとき、何か出来ていれば、

そんな風に考える日々が過ぎました。

 

 

 

正直このときばかりは、

次は自分の番だろうと思いました。

 

 

 

この大企業の中に、

こんな地獄があるとは、

入社する前のイメージとは正反対。

 

 

 

「私は突発的にカリウム不足で倒れる危険性があるし、

休む事もなく働き続けている。」

 

 

 

短い時間で無理矢理眠るため、

大量のウイスキーを飲んで、

毎日のようにほぼ二日酔いの状態で会社に通っている状態でもあります。

 

 

 

と、同時にこのような事件を通して、

この企業で一生働くことが出来るのか?と疑問が生じてきたのです。

 

 

 

疑問が生じると

私は疑問が会社への不信に変わっていくのを自覚しました。

 

 

 

「自ら破滅に近づいていく」

 

 

 

私自身、体調面に不安もあるため、

環境の改善を事業部長と部長に訴えたのです。

 

 

 

そう、最後の伝家の宝刀を振りかざしたのです。

 

 

 

自分自身を守らなければ逆にやられると言う企業風土の中、

次は自分が危ないと悟った事からの行動でした。

 

 

 

それは、期間を決めて、改善が成されない場合。

 

 

 

と言う内容を上司に突きつけたのです。

 

 

 

この環境で働く事に疑問を感じた私は、

サラリーマンとしては最後の手段に出たのでした。

 

 

最後の手段とその結果

私の最後の会社への要求は、

 

「仕事に殉じてしまった方がいる以上、この身をもって環境を変えて欲しい」

 

ごく当然の要求です。

 

 

 

期限は3年。

 

 

 

結果、環境は一層酷くなり、

私は企業に敗北したのです。

 

 

 

働く意義を奪われ、

一度振り上げた拳は納めることが出来ず、

その上、いつ倒れるか解らない病身の私は、

「辞職」という選択肢を選ばざるを得ませんでした。

 

 

 

体が健康な状態なら、

大企業にしがみついていても良かったかもしれません。

 

 

 

ですが、私はいつ倒れるか解らない身で有り、

そのことは上司も知らないのです。

 

 

 

何とか自分と後輩のためにも環境を改善しようとしましたが、

結局は失敗に終わり、

ただ一人の理解者であった、

課長(実は私の直属の上司ではない)が「辞職は会社にとって損害」と、

悔しそうに言ってくれたのが救いでした。

 

 

 

こうして私の大企業の中のブラック担当を去ることになったのです。

 

 

 

ですが、この後大変な事実が発覚します。

 

 

続き-->ブラック企業を辞職してからの戦いの始まり